本社での新人研修が終わり、配属が予定されていた営業所での研修中に緊急事態は起こった。
フロント担当の退職。建機レンタル業界ではフロント職と呼ばれる、レンタルされる建機をコントロールする司令塔が存在する。
常に全ての建機の行き先を把握し、各営業担当から要請のあった機械を行き来させる、知識・機転・スキルのいる難易度の高い仕事だ。
その要職の穴を入社わずか数ヶ月の古賀が抜擢されることになった。
所長が付きっきりでサポートにまわるも、古賀にとって右も左もわからない状態。
さらに、建機以外の細かなレンタル商材の多さに翻弄されながら、飛び交う営業スタッフからのオーダーに四苦八苦しながら何とか無事に業務をこなしていた。
そして事件は起こった。
「尼崎に送るはずの機械が姫路に届いていたんです。もう目の前が真っ白になりました」
工事には工期がつきもの。たった1日でも必要な機械が届かなければ工期が遅れてしまう。
それはクライアントにとって死活問題にも発展してしまうほど。そんな大きな失敗をした古賀を誰一人、叱りつけることはなかった。
所長を筆頭に、手の空いている営業スタッフが手分けして再手配し、少し時間はかかったものの無事双方の現場に必要な機械(建機)が届けられた。
「本当に誰一人からも叱られることがありませんでした。今になってわかることなんですが、みんなお客様のためにという想いが最優先しているんです。まずはお客様のため。そのときの先輩や上司の行動の俊敏さに驚きながら、本当に感謝しかありませんでした」
営業所の全員が知っていた。フロントという難しい仕事を新人に任せることは無茶だと。けれど、託すことができるのは新人の古賀しかいない。失敗はすることは想定内で、それをサポートする覚悟で全員が一丸となっていた。
2年目の6月、古賀はようやく営業に本配属された。すでに同期は営業経験を積み、古賀は置き去りにされていると思いきや、逆に笑みが浮かぶほど充実している。
「実はフロント職を経験していたことで、莫大な商品知識量を手にしたんです。今、私が担当しているのは、インフラ系の調査コンサル会社など、橋梁や高所の工事に関わる企業への提案営業なんですが、調査向けの機械だけでなく、その後の工事のための様々な機械の提案も行っているんです。知識量だけでは同期も太刀打ちできないと思います。その武器をしっかりと生かして、同期に追いついていきますよ」
緊急事態の措置だった新人抜擢。この怪我の功名をスタンダードにしてみようかという話も出始めているとか、いないとか。